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東京地方裁判所 平成4年(ワ)17955号 判決

原告

川原紀八郎

被告

日新火災海上保険株式会社

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、四五五万八〇〇〇円及び内四一五万八〇〇〇円について平成三年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 平成三年六月一四日午後一時三〇分ころ

(二) 場所 神奈川県綾瀬市寺尾南二―九―一四先路上(以下「本件場所」という。)

(三) 事故態様 原告は、東名高速道路の南側の側道を東京方面に向かつて、普通貨物自動車(車両番号 相模四〇ひ四一三。以下「本件車両」という。)を運転して時速約三八キロメートルで走行していたところ、本件場所手前で急制動をかけたことから、砂利道のためスリツプし、道路左側の電柱に、同車両前部中央左寄り部分を衝突させた(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故の結果

原告は、本件事故により、全治まで約八ケ月間を要する頸椎捻挫、頭部打撲、右膝右手打撲の傷害を負つた(以下「本件傷害」という。)。

3  保険金請求権の根拠(一)

(一) 自家用自動車保険契約の締結

訴外株式会社川原工務店(代表取締役は原告の妻川原美恵子である。以下「訴外会社」という。)は、平成二年六月二八日、被告との間で、本件車両につき、記名被保険者を訴外会社、運転者無制限、保険期間を平成二年七月一日午後四時から平成三年七月一日午後四時までとする自家用自動車保険契約を締結した(以下「本件(一)契約」という。)。同契約は、被保険者が、本件車両による自損事故によつて生活機能又は業務能力の滅失又は減少を来し、かつ医師の治療を要した場合には、平常の生活又は業務に従事することができる程度に治つた日までの治療日数のうち、病院又は診療所に入院しない治療日数(治療を受けた実日数)につき、一日当たり四〇〇〇円(但し限度額一〇〇万円まで)を自損事故保険金として給付すること、搭乗車傷害保険として同様の条件において、一日当たり保険金額の一〇〇〇分の一の金額(但し限度額一万円。一八〇日まで)を給付すること等を内容とするものであつた。

(二) 原告の通院治療

本件車両を運転し、そのため本件(一)契約における被保険者である原告は、本件傷害により、平常の生活ないし業務ができない状態で、病院又は診療所に、以下のとおり合計一七七日通院治療した。

(1) 医療法人社団柏綾会綾瀬厚生病院 一日(平成三年六月一四日)

(2) クリニツク斉藤(診療所) 三三日(同月一五日から七月二四日の期間中)

(3) 北山整形外科医院 一三九日(同月二四日から平成四年二月二二日の期間中)

(4) 平塚市民病院 三日(平成三年八月一四、一五、二四日)

(5) 金沢整骨医院 一日(平成三年八月二〇日)

(三) 医療保険金の金額

本件(一)契約に基づいて支払われるべき保険金額の合計は、自損事故保険金七〇万八〇〇〇円(一日四〇〇〇円×通院日数一七七日)と搭乗者傷害保険金一七七万円(一日一万円×通院日数一七七日)の合計である二四七万八〇〇〇円である。

4  保険金請求権の根拠(二)

(一) 積立所得補償保険契約の締結

訴外中高層ビル有限会社(代表取締役池田武雄)は、平成三年五月二八日、原告を被保険者とし、保険期間を平成三年五月二八日午後四時から平成八年五月二八日午後四時までとする積立所得補償保険契約を締結した(以下「本件(二)契約」という。)。同契約は、原告が交通事故等の傷害により、就業できなくなつて所得を得られなくなつた場合には、その休業期間(但し免責七日間)につき、事故当時の月収の七〇パーセント(但し限度月額二一万円、補償期間限度二四か月)の保険金を給付すること等を内容とするものである。

(二) 原告の休業期間

原告は、本件傷害によつて、平成三年六月一四日から平成四年二月二二日までの七か月と三九日間就業することができなかつた。したがつて、右免責期間を除き、少なくとも八か月間は所得が全く得られなかつたものである。

(三) 原告の本件事故当時の月収

原告の本件事故当時の月収は三〇万円であつた。

(四) 保険金の金額

本件(二)契約に基づいて支払われるべき保険金額は、以下のとおり一六八万円となる。

月収三〇万円×補償率七〇パーセント×休業期間八か月=一六八万円

5  結論

よつて、原告は、被告に対し、本件(一)契約に基づく二四七万八〇〇〇円と本件(二)契約に基づく一六八万円とを合計した四一五万八〇〇〇円及びこれに弁護士費用四〇万円を合わせた四五五万八〇〇〇円並びに内金四一五万八〇〇〇円に対する本件事故の翌日である平成三年六月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2は否認する。

2  同3(一)は認める。

3  同3(二)は不知。

4  同3(三)は争う。

5  同4(一)は認める。

6  同4(二)は否認する。

7  同4(三)は不知。

8  同4(四)は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)について

1  原告は、本件事故が発生したことを主張し、その経過、事故後の行動について、本人尋問において、「本件事故により、本件車両が電柱に衝突し、本件車両の前部中央左寄りの部分が凹んだので、交番に行き、警察官に事情を話して現場検証を頼んだ。警察官が本件場所に来て実況見分を行つたが、原告は、その後気持ちが悪くなつたので、タクシーで綾瀬厚生病院に行き診察を受けた。その後、再び本件場所に戻り、本件事故当日の夕方五時頃、本件車両の中に置いてあつたカメラで損傷した本件車両、衝突した電柱の写真(甲一五の1ないし12)を本件場所で撮影した」と供述し、右写真を本件事故発生の証拠として提出している。

しかしながら、右写真(甲一五の1ないし12)は、以下検討するように、本件事故が発生したと原告が主張する平成三年六月一四日に本件場所において撮影されたものとは認められないものである。

(一)(1)  甲一五の11、12の各写真には、本件車両が衝突したと原告の供述する電柱の後方に、「”ミ(7:00、8:30)下記の日以外にすてない」との記載の下に四月からH6年三月までの各月につき一日ないし二日の特定の日が表になつて記載されている掲示板が写つているところ、甲三、甲二五、乙九によれば、右掲示板は、寺尾南二丁目である本件場所を含む地域の平成五年四月から同六年三月までのもえないごみの収集日(但し、平成五年度のごみ収集カレンダー(乙九)には、前年度までの「もえないごみ収集日」という表現ではなく、「資源化の日」という表現が用いられているが、その趣旨は前年度までと同じであると認められる。)と一致し、また、平成三年度のごみ収集カレンダーとは全く異なるものであることが認められ、右「H6年」の記載を「平成六年」との意味に解して、右掲示板は、平成五年度のごみ収集日を付近住民に告知するために設置されたものと認めるべきである。そうすると、少なくとも、甲一五の11、12の各写真は、平成三年六月一四日に撮影されたことはあり得ないというべきである。

(2)  甲二四の1、2、乙八によれば、株式会社川原工務店は、初年度登録平成四年一〇月の白色のトヨタクラウン「相模三四ろ八四七二」を所有していることが認められるところ、甲一五の8の写真上端左側には、白い車両が撮影されている。同写真からは、右白い車両のナンバーのうち、「相模三四ろ八四七」までは明確に読み取ることが可能であり、最後の番号は一部本件車両の陰になつているが、「2」である可能性が極めて高く、また、右トヨタクラウンの後部写真(甲二四の2)との間に齟齬は認められない。このようなことから、甲一五の8の写真に写つている白い車両は、右川原工務店所有のトヨタクラウンである可能性が極めて高く、したがつて、同写真も平成四年一〇月以降に撮影された可能性が極めて高い。

(3)  被告は、原告に対し、前記各書証(甲一五の1ないし12)が平成三年六月一四日に撮影された写真であるか否かを確認するために、そのもとになつたネガフイルムを提出するよう本件訴訟手続において求めたが、原告は所在不明であることを理由にこれを提出しようとはせず、右ネガフイルムを検証することができなかつた。

(二)  甲一五の1ないし10、乙六の2、3、5、6、7、9によれば、本件場所付近はアスフアルト舗装された道路が五叉路状に交わつたところであるが、甲一五の1ないし10の写真には、アスフアルト鋪装された道路部分は全く写つていず、砂利道状の地面しか写つていないこと、また、甲一五の8の写真の本件車両の後方の情景のうち、右上には斜めに仕切られたコンクリート壁又は石垣が本件車両のある地面よりも高い位置にあるように写つているが、本件場所付近にはそのような地形があるようには窺えない(乙六の2に顕れたガードレール沿いの状況)ことが認められる。

また、原告は、本件車両の損傷等の状況を撮影するために、本件車両を五通り程度に動かしたと供述するが、本件車両の向き、位置を変えるために本件車両を動かすのに必ずしも十分な広さがあるようには窺えない本件場所付近において、本件車両の損傷等の状況を撮影するだけの目的で何度も本件車両の位置を変え、その都度写真撮影を行つたというのは極めて不自然である。

右各点を併せ勘案すると、甲一五の1ないし10の各写真が本件場所以外の場所で撮影された可能性を否定できない。

(三)(1)  乙一〇によれば、乙六の1ないし14の各写真は、平成三年六月二四日より前には一般には入手し得ないフイルムによつて撮影されたものであるから、右各写真は少なくとも右同日以降の情景を写したものであることが認められるところ、乙六の11ないし14によれば、右各写真には、本件車両の右前部バンパーの損傷が明確に写つているものの、本件事故によつて生じたと原告の供述する前部中央左寄りには何らの損傷も写つていないことが認められる。

(2)  調査嘱託の結果によれば、神奈川県大和警察署警察官笠原行雄(以下「笠原警察官」という。)が本件事故の発生とその具体的状況等に関する原告の報告を受けて作成した物件事故報告書には、本件車両の右前バンパーが凹損していることが記載されているものの、同車両の前部中央左寄りに何らかの損傷が生じている旨の記載が一切ないことが認められ、笠原警察官が平成三年六月一四日に本件場所で本件車両を見分したときには、本件車両の右前バンパーが凹損していることは確認できたものの、原告の供述する前部中央左寄りには何らの損傷も確認できなかつたことを推認することができる。

以上のとおり、前記各写真(甲一五の1ないし12)が、平成三年六月一四日に本件場所において撮影されたものとは認められず、平成五年以降に撮影されたものである可能性が極めて高い上、本件事故直後である平成三年六月二三日以前には、本件車両の前部中央左寄りの部分に凹型の損傷は何ら存在しなかつたことが認められる。そうすると、原告の本件事故の発生に関する供述は、事故による本件車両の損傷の有無、部位、右損傷部分の写真撮影の時期、場所という最も重要な部分で明らかに事実と異なる供述であり、およそ信用できるものではなく、原告の供述する本件事故の発生自体が極めて疑わしいと評価せざるを得ず、原告主張の本件事故の発生を証拠上認定することは到底できないといわざるを得ない。

なお、甲一六(公証人内野芳富が平成二年一一月二二日作成した公正証書)には、本件車両の右前バンパーが凹損している写真が貼付されているが、当裁判所は、平成三年六月一四日に右前バンパーが凹損したものと認定しているわけではないから、右判断と矛盾するものではない。

2(一)  本件では、自動車安全運転センター神奈川県事務所長の作成に係る交通事故証明書(甲三)が提出されており、同証明書は本件事故の存在を窺わせるものであるが、一般に、交通事故証明書の作成者は当該交通事故の発生状況を目撃したわけではなく、単に交通事故の報告を受けた警察官によつて作成された物件事故報告書を基礎資料として作成したにすぎないのみならず、右証明書の記載からは、本件車両のどの部位が電柱に衝突したのかが明らかではないから、同証明書の存在のみをもつて直ちに原告の供述する本件事故の発生を認めることはできない。

(二)  本件では、診断書(甲四ないし甲八及び甲九の1、2)が提出されており、右各書証には、いずれも原告が受傷した原因として本件事故の発生が記載されているが、クリニツク斉藤の斎藤四郎医師作成の文書(乙二)によれば、斎藤医師は、原告が初診日の平成三年六月一五日に頸部疼痛、硬直感及び右腕のしびれ感を訴えたので、頸椎を三方向からレントゲン撮影し、病的反射の有無、脳神経症状の有無を検査したところ特に異常を認めなかつたこと、同医師は平成三年七月二三日に原告から診断書の記載を請求されたが、今後は就業する傍ら加療を受ければよい旨伝えたところ、原告は休業加療の内容記載の指定を受けるためにこれを拒否した上、休業加療の診断書を記載してくれる医師を探す旨述べて自ら転医したことが認められる。また、北山整形外科・外科医院(以下「北山医院」という。)の北山禎昭医師作成に係る回答書(乙三)によれば、原告は頸部痛、肩甲部痛を訴えていたものの他覚的所見に乏しく、理学療法を施したものの原告の治療態度は極度に不まじめであつたこと、レントゲン撮影及び血液検査の結果異常は認められず、北山医師は、原告には残存する症状もなく、治療の必要性も全くなく、就労は初診時から可能であると判断していたこと、原告は被告の診断書に就労不能であつた旨記載するように北山医師に対して求めたが、同医師はこれを拒否したこと、原告の北山医院への通院実日数は一三七日だが、原告は診療時間終了間際に来院して北山医師に対して治療しなくてもいいから日付印だけカルテに押してくれとの要求してきたこともあつたため、北山医師は、右通院日数が、保険金受領のためにことさらに増えたものである旨判断していたことが認められる。さらに甲七、八によれば、原告は、右各病院以外に、平塚市民病院、金沢整骨院を転々としているのであり、これらの事実を総合すると、治療の必要も受診した事実もないのに受領する保険金額をことさらに膨らませるだけの目的で通院したものと推認することができるから、前記認定のとおり、本件事故の発生自体が疑わしいのみならず、原告の症状に他覚的所見が乏しいことを併せて勘案すると、右各書証に記載された原告の症状がそもそも実際に存在したのかどうかすら甚だ疑わしいといわざるを得ない。

3  以上のとおり、前記の各証拠によつても、本件車両の前部中央左寄りを損傷する本件事故が平成三年六月一四日に発生したことを認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

二  よつて、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 南敏文 生野考司 渡邉和義)

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